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251025-動画による祈りの会_由佳先生・真妃先生・里香先生

【由佳先生】

○皆様、おはようございます。10月25日の動画による祈りの会にご参加いただきまして、まことにありがとうございます。

○一気に気温が寒くなってきて、私の周りにも風邪をひいてしまったり、体調崩してしまったりする人がすごく多いんですけれども、皆様、全国各地でお元気でいらっしゃいますでしょうか?「季節の変わり目をご自愛いただけたらな」っていう思いでいっぱいになっております。

○また、私たちは何者なのか?私たちは神聖である。神聖である私たちは、何を大事にしたいのか?

○「私は神聖であるからこそ、大事にしたいことは何なのか?」っていうのは、みんな1人1人、考えや答えが違うと思うんですけれども、私は最近、静寂にこそ自分の神聖があるなっていうのを少しずつ感じるようになっております。

○何をするわけでも、「何をやらなきゃ」とか思うわけでもなく、本当に静かな静寂の時間を過ごすことによって、「自分自身の神聖がもうすでに溢れているんだ」っていう響きを感じ始めると、私自身は「静かな静寂の時間を大事にしたいな」と思っている今日この頃です。

○本日も皆様と世界平和の祈り、そして自分自身の神聖をそうやって感じてゆける時間を取れることを幸せに思っております。よろしくお願いいたします。

【真妃先生】

○皆様、おはようございます。由佳先生の今のお話の問いかけを聞きながら、自分自身は神聖をどういうときに感じるかと思うと、もちろん静寂の中にも感じるんですけども、最近私は、本当に消えてゆく姿が目の前に現われたときにこそ、自分の神聖を感じるなって思うことが多いのです。

○やはり、暗闇の中にろうそくの光が明るく輝くように、幸せな時間とか自分が好きなことをしている時間などは、神聖そのもので生きているのだろうと思うんですけれども、なかなかそこ(自分の神聖)にフォーカスしている時間は少ないなと思っているんです。

○けれども、目の前に予期せぬ言葉を発する人がいたりとか、自分にとって予期せぬ出来事が起きたりしたときに、自分の中にある無限なる可能性だったり、無限なる愛だったりが引き出される機会を与えられている気がします。

○そうした無限なる力が私の中にあるということをいのちが自分に教えてくれていて、「本当に今こそ、私は頑張りたいよ」とか、「あなたの本当の力を教えてあげたい」と言っているような、いのちの叫びのようなものが聞こえてくる気がしています。

○ですから、私の中では、「消えてゆく姿」と思うときが、そういう機会であるように感じていて、それを感じるようになると、「世の中に起こることに対して、不安がったり恐怖したりする必要はない」っていうことを教えてもらえます。

○もちろん、そういう時間は嫌だし、そういうことがなければいいと願う気持ちはあるけれども、実は、そこにこそ自分の神聖と出会う機会だったり、自分の中に存在する様々な無限性に出会える機会だったりするのかなということを感じさせていただいています。今日もどうぞよろしくお願いいたします。

【里香先生】

○お二人のお話を聞いていて、本当にそうだなと思います。

○真妃先生がお話ししてくださったみたいに、その消えてゆく姿が現われているときに、まだ見たことのない可能性が出ようとしているみたいな、そういう感覚って神聖とか、そういう私たちがやっている行のようなのがないと、そういう見方がないと、なかなかそれに気づくことはできないものです。

○けれども、そういう視点で見たときに、無限なる可能性をまだ見たことがないし、まだ経験したことがない、まだ未知なる可能性が出ようとしているみたいな、そういう瞬間であるみたいな感覚ってすごくわかる気がします。

毎回そうじゃないかもしれないんですけど、そういう瞬間を掴んだときに、由佳先生が言った静寂のような、シーンと静まった世界に意識を鎮めていったときに「あっ」って気が付いて手放せる……。そういうのもいいですよね。

○この秋の季節でもそうですし、変化の時期に入ってきているので、今日も皆様方と動画の祈りを通して、未知なる自分の可能性に気づいてゆきたいと思います。

○それでは世界平和のお祈りをよろしくお願いいたします。

《世界平和の祈り》

【真妃先生】

○それでは、これから特別プログラムを始めたいと思います。今日はオープニングのテーマにもあったように、『自分の中の神聖に気づいてゆく』ということで、改めて皆様方とご一緒に、自分の中の神聖と一つに繋がってゆく時間を取ってまいりたいと思います。

○まず初めに五井先生のご著書『運命を恐れるな』の中の一番最初の「運命を恐れるな」という章を読ませていただきます。

○お時間の都合で、7ページ目から14ページ目ぐらいのところを抜粋しながら、読ませていただきますので、静かに五井先生のお言葉、そしてお言葉から放たれる宇宙の崇高なエネルギー、真理のエネルギーに触れてください。

《五井先生のご著書の朗読》

人間は確かに自分たちの運命を恐れすぎています。悪いことがありはしないか、不幸が来はしないか、今の幸せが果してつづいてゆくだろうか、というように、いつもいつも、運命が悪くなることを恐れきっている人さえあります。

一般の人はそれほど表面だって、恐れの気持を表現してはいませんが、やはり何かと、不安の気持が胸をかすめます。近頃の地震さわぎなどは、科学的な説明のもとに、近々に大地震がありそうだと学者にいわれると、そのいろいろの用心をする心構えより先に、恐怖の気持のほうが先立って、心が不安定になり、夜もおちおち寝られないという人が出てきます。自分の生死は勿論心配だし、生活が崩れてしまうのも心配なのです。

もっとも現在、都会が大地震になったら、それこそ大変な悲惨事になります。だからといって、まだ来てもいない地震のために、心がおびえて、日夜不安な生活を送っているなどは、愚かしいことです。大地震などないかもしれないのです。しかし不安というものは根深いもので「嫌であろうと、来るべき運命は来るし、来ない運命は来ないのです」と誰かにきつくいわれたとしても、それはそうでしょうが、やはり死ぬのはこわいし、不幸災難は嫌ですよ、と声を揃えていうことでしょう。それほど人々は未来の運命に心がおびえているのです。

つねに人々の心に去来する死を頂点にした、不幸災難の到来を恐れる気持を、いったいどうしたらなくすことが出来るのでしょう。

それはなんといっても、真の宗教信仰の道より他に道はないと思います。真の宗教の道とは、神と人間との関係をはっきりとわからせ、神と人間との一体化をはからせる道です。神は愛であって、つねに守護神、守護霊となって、人々を守りつづけておられこそすれ、大生命である神様が自身の分生命である小生命の人間を、いじめさいなむはずがありません。人間の不幸災難は、神様がつくられるのではなく、人間自体の過去世からの誤った生き方の答として、そこに現われてくるのだから、悪い答の出ないうちに、大調和そのものである、神様のみ心の中に、自分の運命ごと飛びこんでしまいなさい、と私はいうのです。

(中略)

人間の運命に対し不安や恐怖をもつのは、人間は神の生命を生きているんだ、神によって生かされているんだ、という、神との一体観をもっていないからなので、神との一体観というより、神様がすべてをみていて下さるんだ、という想いを根本にして、あとはその場その時々を真剣に生きていればよいのであります。

神と肉体人間とを離して考えた時、そこに不安や恐怖が現われてくるのですから、そこで神との一体感になる、祈り心が必要になってくるのです。人間は肉体ではない、神様の分生命なのだ、という真理をいつもいつも心に念じるように想って、習慣の想いのようにしてしまうとよいのです。そうしているうちに肉体人間という感じから、神によって生かされている人間という感じになってきます。そうなればしめたものです。

神様は愛なのだ、ということ。神様によって生かされているんだ、ということ。この二つの真理を知っていることは、人間が生活していく上に非常に大きな力になります。そして神様のみ心である愛と調和と誠実の行為をしてゆけば、その人にとって、恐しいものも、不安の想いもないのであります。

○このように、五井先生は「運命を恐れない」ということについて、「神様との一体化」がその一つの大きな力になるのだということをご説明くださっています。

○先ほどのご法話の中で、五井先生は「神と肉体人間とを離して考えた時、そこに不安や恐怖が現われてくるのですから、そこで神との一体感になる、祈り心が必要になってくるのです」とお書きくださっています。

○そこで、これから皆様とともに、世界平和の祈りをお祈りします。その際に、「天命が完うされますように」の頭の「私たち」のところに「私たち自身の名前」を入れて、お祈りをしてまいります。

○また、このお祈りを一緒に唱えた後に、静かに5分間、「私たちの天命は完うされています」と祈る時間を持ちます。

○そのときに、「守護霊様・守護神様・神々様との大きな一体感によって完うされているんだ」という、大きな安心感の中でこのお祈りをさせていただきます。それでは始めます。よろしくお願いいたします。

世界人類が平和でありますように
日本が平和でありますように
西園寺真妃の天命が完うされますように
守護霊様ありがとうございます
守護神様ありがとうございます

○はい。皆様、ありがとうございました。私たちは本当に神様・守護霊様・守護神様との一体感のもと、大愛のもと、そこと一本に繋がって生かされている。そういう意味で、何にも心配することがない。

○不安や恐怖が出たときは、もしかしたら守護霊様・守護神様との深い繋がりの中で生かされているんだということが、頭の片隅から落ちてしまったときで、そのようなときに、「肉体の自分で何とかしなくてはいけない」と思ってしまい、大きな不安・恐怖が湧き出てくるのかもしれない。

○だからこそ、そういうときにこそ祈りを通して、改めて「自分という存在はいかなるものなのか?」というところに立ち戻っていただき、神々の大きな大愛の中に生かされているのだというところに自分の軸を整えることで、目の前にあるいかなる出来事も、恐怖や不安を思わなくなります。そして、守られているから大丈夫なんだという気持ちになることができると感じています。

○それでは朗読を続けてまいります。

人間には習慣性というものがありまして、肉体という物質波動の世界の生き方に慣れてきてしまいますと、本源の神霊の響きを忘れてしまい、肉体だけが人の生命の働いている場であるように思ってしまうのです。

そうなりますと、肉体の頭脳というもので、すべてを考えて、この世を渡ってゆかなければならなくなり、神霊の世界からの智慧能力というものがあることを忘れ果てて、大宇宙の調和した響きから外れた、小さく孤立した狭い範疇で、生きていくことになってしまうのです。

人間が素直に生きてゆけば、無事に生活してゆけるように、人間には必要な要素を外面的にも内面的にもたくさん作っておいてくださっている神の愛というものよりも、肉体人間の知恵や知識を必要なものと思い込んでしまったのが、現在の人間なのです。

と五井先生はお書きくださっています。

○では、私たちはどんな神霊の世界からの智慧・能力を持っているのか?改めて、私たちに内在する素晴らしい神聖なる力に意識を向ける時間を取ってまいります。

○私たちは何かあったときに、外からの知恵やアドバイスばかりを求めがちです。でも本来、私たちの中にはすべてがあります。それを思い出すこと、それを知ることです。

○それによって、外から与えられる正解や不正解、それを探そうという気持ちを手放す。

○そして、自分の中にある無限性と繋がり、その無限性と無限なる能力がどんな道を自分の中に照らしてくれているのかを観る。

○さらに、その無限なる能力を通してどんな気づきと、どんな新しい道を自分は歩もうとしているのかを意識する。

○ここからは、私たちの中に内在する神霊と一つに繋がっている智慧・能力を思い出すお時間にしてまいりますので、そこに意識を向けて見ていただきたいと思います。

○新しく会員になられた方は、もしかしたらなさったことがない方もいらっしゃるかも知れませんが、私たちは、「我即神也」の宣言文が降ろされる前、神聖復活の印が降ろされるずっと前に、『光明思想徹底行の49の光明の言葉』を毎日毎日唱えて、自分の中にある神聖なものに目を向ける訓練をしてきました。

○ですから今日は、改めてこの『49の無限なる光明の言葉』を思い出していただき、「世界人類が平和でありますように」という言葉から始めて、「○○(皆様方はご自分のお名前)は無限なる愛、○○は無限なる調和、○○は無限なる平和」というように皆様と唱えながら、自分自身の中に初めからあるこれらの能力に目を向け、光に目を向け、そこと改めて一つに繋がっていくお時間を、今から取ってまいりたいと思います。

○言葉は、声に出して唱えていただいてもいいし、静かに心の中で唱えていただいてもかまいません。

○スライドで『49の無限なるの言葉』、『光明の言葉』をお見せいたしますので、一つ一つのお言葉の前に、ご自身のお名前をつけていただき、唱えてください。

○それではよろしくお願いいたします。「世界人類が平和でありますように」と言った後に、私が「無限なる愛」と言って始めますので、皆様方は「○○は無限なる愛」とお唱えください。それでは始めます。

《自分の名前を入れた49の光明の言葉を唱える行》

○私たちの名前を入れて唱えてみると、自分の中で「西園寺真妃は無限なる赦し」って言ったときに、素直に受け入れられる言葉と、なかなか言葉で唱えてもそこにしっかりとした結び付きを感じられない言葉があると思います。

○私たちの中には、本来みんな備わっているものなんですけれども、自分の中で、簡単に意識できるものとそうじゃないものがあるというのは、過去から現在に至るいろいろな経験の中で、自分の中で得手・不得手ができているということであります。

○しかし、どんな自分があってもよいのです。大切なのは、「無限なるすべてが自分の中にあるという事実」を自分で確認して、何かあったときに、それらの力が全部自分の神聖な道を歩む支えとなり、手助けとなってくれるんだっていうところを、改めて確認することです。

○そして、この無限なるを発揮した私たちは、すなわち、「即神なり」というところで、次は、『我即神也の宣言文』の中の私というところに、ぜひ皆様方のお名前を入れていただき、「このような能力を備えた自分というものは、神そのものなのだ」というところを皆様の中に落とし込んでいただければなと思います。

○それでは、我即神也の宣言文の「私」や「自分の名前」というところに皆様方のお名前を入れて、この宣言文をお唱えください。それでは始めます。

《自分の名前を入れた我即神也の宣言文》

○我即神也の印を皆様方と一緒に組みたいと思います。

《我即神也の印を一回組む》

○ありがとうございました。このような歴史をたどって、私たちは最終的に神聖復活の印にたどり着いたのであります。

○神聖復活の印。本当に私たちは神そのものです。この印には宣言文がなく、この印を組んだ瞬時に自分の中の神聖が開いてゆくという、そのような印なので、これから神聖復活の印を皆様と組み、最後に「すべては完璧、欠けたるものなし、大成就」と唱えます。

○私たちの人生に起こることは、何も恐れる必要がない。「すべては完璧であり、欠けたるものがなくて大成就なんだ」という、この一点に確信を持って生きることで、私たちは自分の神聖そのものを瞬間瞬間生き顕わすことができ、それによって未来に消えてゆく姿を残す必要がなくなります。

○そんな未来を私たちは構築することができるのです。そのような確信のもとに神聖復活の印を組んでいただき、「すべては完璧、欠けたるものなし、大成就」という一言で、この特別プログラムを終えてまいります。それではどうぞよろしくお願いいたします。

《神聖復活の印を一回組む》

○はい。ありがとうございました。それでは、改めて皆様と確信のもとに「すべては完璧、欠けたるものなし、大成就」と唱えます。

○自分の中のいろいろな不安や恐怖があるかもしれない。今この瞬間、消えてゆく姿が現われているかもしれない。だけれども、それらを見据えたうえで、それらを自分のまなざしの中に入れた上で、皆様方とともに、「すべては完璧、欠けたるものなし、大成就」ということを、神様・守護霊様・守護神様と一体となっている自分が、現われては消えてゆくすべてのものに対して唱えてゆきます。

○それでは、まず静かな気持ちになります。自分自身は神様・守護霊様・守護神様に守られている存在であり、自分自身の中には素晴らしい能力が備わっているのです。だからこそ、私たちは神そのものであり、神聖そのものであります。その一体感の中で皆様と唱えてまいります。

《すべては完璧、欠けたるものなし、大成就の宣言》

○はい。今日の特別プログラムは、改めて私たち一人一人が、自分の中にある神聖としっかりと繋がり、そして起こることすべてに一切不安や恐怖を持つ必要なく、神様の大愛の中で見守られながら、生かされているのだというところに意識を向けたお時間にさせていただきました。

○それでは、由佳先生と里香先生にも一言いただいて、このプログラムを終えてまいりたいと思います。

【由佳先生】

○私たちが大事にしてきた神聖の道の行を、今日は改めてゆっくりと、一つ一つその意識でやらせていただいて、本当に最後には「すべては完璧、欠けたるものなし、大成就」の自分に出会えた気がしています。

○五井先生の一番最初のお話で、「人間の多くは運命を恐れ、悪いことが起きるんじゃないかって恐れてしまう」とありましたが、私たちは「何があっても絶対に大丈夫なんだ」という自分になってゆく。

〇そこを恐れるんじゃなくて、たとえ何が目の前に起きても「私たちは大丈夫だ」って思える道を、本当に五井先生と昌美先生が用意してくださって私たちはその道を歩んできた。

○その道は、「祈り心の中で神と一つである」ということに気づき、神の大愛を感じて感謝の中で生きてゆく道です。

〇そうなってゆきますと、一番最初に真妃先生がおっしゃっていたように、「消えてゆく姿を怖がるのではなく、”自分の光を灯す”すごくいい機会なのだ」と捉えられるようになります。自分の無限なる可能性が今出たがっている瞬間なんだっていうふうにです。

〇今日のプログラムで私は、「そういう道を私たち一人一人は歩ませてもらっているんだ。怖いことはもう何もないんだ。神様の愛を感じて祈り心にさえ戻れば、自分の神聖は常にそこにあったんだ」っていうのを、一つ一つ自分の中の無限なるものを感じたり、世界平和の祈りを祈ったり、久しぶりに「我即神也」を自分の名前で言わせてもらったりして、すごく今温かい気持ちになっています。

○ですから、消えてゆく姿が現われたときにこのプロセスを自分の中で経て、「大丈夫、絶対大丈夫、すべては完璧なんだ、神様とともにある命なんだ」っていうのを思い出してゆきたいなと思いました。

〇皆様、本日もありがとうございました。

○ごめんなさい。お二方のご挨拶へ行く前に、私の方からちょっとお知らせをさせてください。

《11月8日(土)「Pray & Connect 富士聖地」開催のお知らせ》

※白光真宏会ホームページをご覧ください。

https://byakko.or.jp/news115/

○お知らせは以上です。ありがとうございました。

【里香先生】

○今回、始めのご挨拶のときに真妃先生が「消えてゆく姿が出たときに、どんな無限なる可能性がそこに秘めているんだろう?」っていう視点にゆくっておっしゃられてたけど、私も最近、そのように思うことが多くて、五井先生は「運命を恐れるな」ってすごくパワフルな本を書かれてますけど、朗読していただいたというところにね、やっぱり消えてゆく姿っていうのは、唯一無二の、もう「あなたのためのオーダーメイド」ではないけれども、「本心に至るためのものすごい相棒」ではないけれども、もう無限なる可能性が引き出される粋な働きだと思いました。

○粋な働きというのは最近、そうした作用が特別な働きをしているものだっていうふうに感じ取ることができて、この粋な働きが神聖と交わって、無限なる可能性、まだ触れていない自己の自分の可能性を引き出す働きだって思ったときに、運命は恐れるべきものではないと思った次第です。

○これは、五井先生も先ほどご著書の中に書いてありましたが、消えてゆく姿の運命は、無限なる可能性、そして本心へ帰るための粋な働きであって、決して肉体だけの働きではなく、常にそこには守護の神霊の働きとともに、運命創造が成されてゆく姿であることがわかります。

○私たちは先ほど、無限なるの49の言葉を唱えましたが、消えてゆく姿があるからこそ、その無限なる愛、無限なる可能性、無限なる創造、無限なる調和、無限なる平和っていうものが、ものすごく良いコンビネーションとして出てくる。

○だからまったく自分の人生に起こる消えてゆく姿の運命を無視して、それだけを宣言するのではなく、とてもいい相棒と捉えて宣言する。

○恐れるのではなく、それをものすごい働きとして捉えると、最後に言った「すべては完璧、欠けたるものなし、大成就」の世界に行き着くとことができる。

○このすべての消えてゆく姿から光明思想、我即神也そして神聖復活っていうのは、バラバラに切り離されたものではなく、宇宙創造、進化創造、私たちが神の世界へ帰るためのものすごいパワフルな働きです。

○だからこそ、運命を恐れる必要はないし、自分たちに起こる消えてゆく姿を通して、自分はどう生きるか、何者かっていうものを、何が求められているのか。

○自分が人生に何を求めるのかではなくて、人生が何を私たちに求めているのかっていうことが言えるかなとも思って思いました。

○五井先生の朗読と、そして行をゆっくりと丁寧にさせていただくことによって、「運命は恐れるべきものではなく進化創造だな」「本心に変えるための粋な働きだな」って、改めて感じることができました。ありがとうございます。

【真妃先生】

○お二人のお話が本当に、そのものだなと思っています。

〇私たち、白光真宏会の会員の皆様は皆、自分自身が本当に守られている存在なんだと感じています。だからこそ、本当に唯一無二の人生を与えられ、天命を生きるために与えられているのです。

〇だからこそ、目の前にある様々な事象に対して、一歩を踏み出すのが怖いかも知れないし、知ること怖いかもしれませんが、それでもその一歩を踏み出したときに、自分の無限なる可能性が目の前に広がり、改めて確信できるようになります。

〇「私は神そのものの存在であり、すべては完璧、欠けたるものなし、大成就」ってどんどん挑戦して体験することで、初めてこれは私たちの中に確信として落とし込まれてゆくのです。

〇頭の中でわかるわけではない。本当に小さな一歩でいいからやったことのないことを試してみる。

〇やったことのない許すことや、やったことのない嫌いな人に感謝の気持ちを唱えるなど、何か自分がいつもやったことのないことに挑戦する。

○そして、なぜ踏み出せなかったかを俯瞰する。そうすると、相手の反応が怖かったり、不安だったり、結果を知るのが怖かったり、失敗が怖かったりしていた自らの想いの癖を見つけて、手放すことにつながります。

〇その怖さがあったからやらないのではなくて、怖いけれども守られてるんだという確信を掴んで、「自分の中にはたくさんの無限なる可能性が秘められているんだ」という確信を掴んで一歩を踏み出す。真理の行ないを行動に移してゆく。

〇その一歩を踏み出すことが、改めて内在している無限なる可能性と出会う機会をくれているんだというところに目を向けて、怖いけれどもやってみる。怖いけれども試してみる。試すことに遅すぎることはない。

〇私たちは、いつか死を迎えますが、死ぬ瞬間までは生きている。だからこそ、死ぬ瞬間までその機会は誰にでも与えられています。

〇皆様方とともにそこに目を向けて、皆様と力を合わせ、繋がりを大切にし、祈りと繋がりながら、最後の瞬間まで自分の天命を生き切るような生き方を、挑戦し続ける生き方をしていきたいと思っております。

○今日はそういう気持ちで、五井先生の『運命を恐れるな』というご著書を読ませていただきました。

〇今日も皆様方、動画のお祈りの会にご参加いただきまして、まことにありがとうございます。

〇こうして皆様方と繋がれるお時間、私たちにとってとても大切なお時間になっています。

〇皆様にとって今日一日、そして次にお会いするときまでのお時間が、本当に神聖で一本に繋がって、守護霊様・守護神様に守られている中で、安心して過ごせるお時間になることを、いつもいつも祈り、願っております。

〇次回は11月2日の五井先生感謝祭になりますね。皆様とまた今度はYouTubeで、富士聖地から繋がらせていただく時間になりますので、ぜひご参加いただければ大変嬉しいです。

《五井平和財団からのお知らせ》

【真妃先生】

○それでは今日の動画の祈りの会をここで終わりにさせていただきます。

【お三方】

○皆様、ご参加いただきまして、まことにありがとうございました。

以上