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260228-動画による祈りの会_由佳先生・真妃先生・里香先生

【お三方】

皆様、こんにちは。

【真妃先生】

今日も動画による祈りの会にご参加いただきまして、誠にありがとうございます。ありがとうございます。

【由佳先生】

おはようございます。2月28日で、もう2月も終わりを迎えていますよね。

私の最近の近況を突然お伝えするんですけど、数年前から『3年未満の会』という集いを開催しています。

入会されてから3年間の間は、初めての方もいらっしゃるし、再入会の方にとっては久しぶりで、白光真宏会の教えもどんどん進化していますので、そういう方々と一緒にお話するZoomの会を開催させていただくようになりました。

この前も、入会されて3年未満の方々とZoomで交流させていただいたんですけれど、みんなすごくて素敵でした。

初めての方は、「まだ入会したばかりであまりよくわかってないんです」とか、「会のことはずっと知ってたけれども、この機会に初めて入会しました」っていう方もいらっしゃれば、「一度理由あって退会したけど今このタイミングで再入会しました」という方もおられました。

そこで数名の方がおっしゃられてたのが、「今までこういう機会がなかったから3年未満でまだわからない」とか、「自由に質問ができたりするのがよい」とか、あるいは「1人でやるのじゃなくて、一緒に学べる同志がいるのがいい」とすごく喜んでくださっていた方がおられました。

そのときのことが今、心に残っていて、もしこの動画をご覧になられてる方々で「私も3年未満だな」とか、「もうちょっと教えを聞きたいな」とか、一人で寂しく思われる方がおられましたら、ぜひとも白光誌やホームページをチェックしていただいて、「3年間の間しか使えないこの機会に、もしよろしければご参加くださいね」ということを伝えたくてこのお話をしました。

それぐらい、その場がすごく素敵で、やっぱり交流の時間も大事だなって思いました。はい、シェアでした。

【里香先生】

私も本当に由佳先生がおっしゃったように、交流できる場ってすごくいいなと思います。『動画による祈りの会』は、こうやって皆様のお姿は残念ながら見えないんで想像しながら繋がっています。

でも、あのような小さな集まりの「3年未満の会」を通して、お顔を拝見しながら会員の方々と繋がり、「こう思っている」ということを言葉にして伝えてくださったり、質問してくださったりする交流がすごくいいなと思っております。

ですから、ぜひもし新しい方がいらっしゃったら、「3年未満の会」に参加したいって思われる方がおられましたら、ぜひご参加ください。

【真妃先生】

本当に仲間の存在っていうのが自分たちを支えてるなって思いますね。

修行僧のように、自分1人で神聖を光り輝かせてゆく道もあり、山登りしたりとか断食したりとか、自分を本当に律して、その道の奥を目指してゆく方もいる。そうやって、いらない欲とか俗世界のものをすべてこそぎ落として、内なる存在に気づくこともできる。

逆に、お互いの存在をとおして支え合いながら、その山登りの道中を共にすることによって、気づいたらみんなでそこ(目的地)に行けるやり方もある。

自分が信じられないときもその相手のやってる姿を通して信じられるようになったりとか、光になって周りを照らしたり、自分を照らしてもらったりというように、照らしたり照らされたりを仲間とできるっていうのは、同じ目的を共有する道です。

その道は、高みに向かって自分を常に磨きながら、お互いが切磋琢磨して、真実の自分に出会ってゆく旅で、その旅をどういう形でしてゆきたいかというのは、私達ひとりひとりが選択できます。

私は、いろいろな人たちとの繋がりの中で、自分を信じ、神聖を知ってゆく旅ができたらいいなって思っています。

白光真宏会でもそういう機会を提供することを考えていて、これから聖地を活用したりとか、動画による祈りの会を活用してオンラインのプラットフォームを活用したりして、なるべくそういう場を提供することによって、皆様方が選択できるようにしたいと思っております。

「いや、僕は一人で自分と向き合ってゆきたい」っていう方は、それをしていただいていいですし、「いろんな人たちと繋がりを持ちながらゆきたいわ」という方には、それを支える仕組みを私達も提供したいし、そういう選択の道も提供できるような形にしてゆきたいと思っていますので、ご興味ある方はぜひご参加ください。

《由佳先生による英訳》

【真妃先生】

今、由佳先生がこうやって英語に訳してくださったけれども、私、訳を入れて行なうのがとても素敵だなと思っているんです。

この間、参加したイベントも、海外から来られた方はもちろん、英語がわかる人もいれば、わからない人もいるから、「訳なんか必要ない」と思う人たちもいるかも知れませんが、私は訳してもらっている事によって、わからない言語を語られているときに、静かに本当の自分と繋がる時間にしたり、「自分はさっきのお話の何が心に残ってるんだろう?」とか、「そこからどんな気づきを得てるんだろう?」って、一つ一つ受け取っている言葉を噛みしめる瞑想の時間みたいな時間にしていました。

動画による祈りの会でも、自分が知らない言語を話されているときに、「何を言っているかわからないな」と受け取るのではなく、この翻訳を必要としている海外の方々が共に参加しておられることに想いを馳せていただければ幸いです。

なぜかというと、それだけ海外の人たちが興味を持って知りたいと思ってくださっているということですし、白光の真理が広がっていることの証拠だと思うからです。

ですから、先ほどのように英訳している時間に、皆様もご自分の神聖と向き合う時間に使っていただけたら、もっともっと気づきや成長が促進するんじゃないかなと思っております。ありがとうございます。

【由佳先生】

本当に捉え方だと思っています。

それでは「世界平和の祈り」に入ってまいりたいと思います。皆様、どうぞよろしくお願いいたします。

世界平和の祈り

ありがとうございました。ではメインプログラムを、真妃先生、お願いいたします。

《由佳先生による英訳》

それでは皆様、今日のテーマは、【感謝の心は祈りの心】です。

五井先生のご著書『聖なる世界へ』の116ページにあります「感謝の心は祈りの心」というところを読ませていただき、そして、メインプログラムに入ってまいりたいと思います。

それではゆっくりと、五井先生のお言葉に耳を傾けてください。

五井先生のご著書の朗読

五井昌久著『聖なる世界へ』より

★感謝の心は祈りのこころ

人類を滅亡の方向に向わせないためには、どうしても、頂き直すという謙虚な、謙虚というより当然な生活態度にならねばいけないのです。

すべての権能は神のみ心にあるのでありまして、人類はこの権能を分け与えられて、神の理念をこの地球界に現わしてゆく、そういう天命をもっているのであります。

神が在っての人類でありまして、神を離れた人類というのは、滅亡するより仕方のない存在となるのです。

ですから人類は、一日も早く、神との一体化を計って、神の権能が、真直ぐ人類の上に働きかけられるような態度をもっていなければいけないのだ、ということになります。

そのためには、たゆみない祈り心が必要になるのであります。神様ありがとうございます、という神への感謝の心も祈り心です。

世界人類が平和でありますように、という心も祈り心です。日本が平和でありますように、私たちの天命が完うされますように、というのも祈り心です。

そして、そういう祈り心に先んじて、すべては神様から頂いて生活しているのだ、という、全面的神へ感謝の生活ができていれば、申し分がないのであります。

五井先生は「祈りごころとはいかなるものか?」について、この文章でとてもわかりやすくご説明くださっています。

今日、私は改めて「神の分霊の命としての私達という存在が、この地球上の様々な神の分霊の命と支え合いながら、どのように生かされているのか」ということについて、皆様方とご一緒に考えてみたいなと思っております。

今日、こうして『動画による祈りの会』に参加できるということに、私は心から感謝しておりますし、皆様方がご参加してくださってることにも、とてもとても感謝しています。

そして私は、「こうやって動画による祈りの会に参加できるということの背後には、どのような支えがあって参加できるのだろう?」というところに朝お祈りをしながら自分の気持ちを馳せてみました。

私達は普段、当たり前のように決めたことをしている。決めたところに行く。自分の意思でそれをやっているように思っています。

けれども本当は、私達はここに1人でいるのではなく、1人でしたいことをしているのではなく、自分が見える存在、見えない存在に、数えきれない多くの命、それは人間を超えた命……、動植物であったり、守護霊様・守護神様とか、見えない存在に支えられ、今ここに生かされているということです。

このことを、体感として自分の中に落とし込めた時に、五井先生がこの文章に書いてくださった「たゆみない祈り心」がどういう心なのかが、私達の日常の中でひしひしと体感できるものになると思っています。

例えば私が動画による祈りの会に参加して、皆様と祈っているこの背後には、ちょっとスライドにまとめたのでご覧頂きたいのですが、どんな存在がいるんだろうと思ったら、数え始めたら100万の命、100万を超える命がいての「今の私の存在」ということが分かりました。

ですから、少しスライドを見てください。どうしたら100万になるか、ということです。例えば、この動画による祈りの会をするにはパソコンが必要で、パソコンが来るまでに鉱物を掘り出してくれる人、半導体を作ってくれる人、それを運んでくれた人、販売してくれた人などがいます。
(※一覧の下につづく)

【今の瞬間を支える100万のいのち】(スライドの内容)

◎you tube 配信

YouTubeエンジニア

サーバー管理

コンテンツ配信ネットワーク

アプリ開発

セキュリティー

告知してくれる人など

◎私の日常にある支え

家族

家族を支える場や人

食材を育ててくれた人

循環

ガス電気水道

温室設備

住宅や家具を作った人

大自然(太陽、水、空 気、土、植物など)

守護霊・守護神様など

◎OS・ソフトウェア

OSマネージャー

セキュリティーエンジニア

デザイナー

サーバー管理

◎白光という場

五井先生

昌美先生

教えを伝えてきてくれた歴代の方々(法友神を含む)

理事会

組織運営の方々

会員の皆様

ホームーページ作ってくれた人 ホームページという仕組みを作った人

白光の場を守ってくれる人 など

◎原材料

鉱山で発掘する

採掘機械を作る

鉱山の安全管理

素材を加工する人

品質管理など

◎組み立て、輸送

組み立て工場作業者

工場の食堂、清掃、設備関係者

港湾労働者

船員

税関

トラック運転手

倉庫管理

販売店スタッフなど

◎半導体、部品製造

半導体工場の技術者

クリーンルームの管理

回路設計者

基盤製造

液晶、バッテリー製造

カメラ、マイク部品など

◎インターネット、電気

発電所の運転員

燃料調達

送電線の設計

電柱設置

保守点検

災害復旧チーム

回線保守

ルーター製造など

【真妃先生】

そして、電気が必要ですよね、パソコンをつけるには。でも電気とかインターネットがちゃんと使えるようになるためには、発電所で働く人がいて送電線を守る人がいて、それを見えないところで保守してくれる人がいたりとか、電柱作ってくれる人がいたりとか、ネットを繋げるようなルーターを製造してくれる人がいる。

そして、インターネットが繋がるためには世界中の技術者がいて、この配信を作ってくれるYouTube配信のエンジニアだったり、サーバー管理してる人だったり、セキュリティ管理している人だったりとか、こういう人たちがいます。

また、この白光真宏会という祈りの場があって、この「動画による祈り会」の配信ができているというふうに考えますと、本当に五井先生がこの祈りを地上に降ろしてくださり、昌美先生が受け継いでくださり、その教えを深く実践してくださっている会員の方々がいたり、そしてこの会を支えてくれている理事会スタッフ・組織運営の方々・ボランティアの方々・ご寄付くださる方々・祈りをいつもいつも祈ってくださる方、そして、このYouTubeの動画の会があるという形で、ホームページを配信する仕組みを作ってくれた人、この会のホームページを作ってくれた人、もう本当にたくさんの人たちが関わっています。

と同時に、私がここに今いられるというのは、私の家族がいて、家族を支えてくれる人がいて、そして毎日私達のために、食事の食材を育ててくれる人がいて、流通があって、ガス・電気・水道があって、暖房設備があってというように、こうやって数を数えていたんですよ。

例えば、この一つのYouTube配信をするために、背後にどれぐらい人数がいるんだろうって、ChatGPTの手助けも借りながらたどっていったら、一つの原材料とか、半導体とか、組み立てとか、インターネットなど、これら一つ一つの中に、数千万人から1万人の人たちがいることがわかりました。

そして、白光真宏会に限ってみても、法友神も含めれば何十万人という人になります。これを数えると、今私がこの瞬間ここに座って、皆様と動画による祈りの会をさせていただく背後には、100万の命、そしてこの背後には大自然がある。

いつも私たちは自然感謝行をしていますけども、太陽・水・空気・動植物があっての存在だし、守護霊様・守護神様・五井先生が本当に私たち一人一人を見守ってくださっているおかげです。そして私達のご先祖様がいる。

となると、本当に私達は100万の命の交差する、その交差点の真ん中に立って、今この場で自分がしたいと思っていること、それは動画による祈りの会に参加するという、その行為ができているということです。

控えめに見積もってこの人数だと思っていて、そのおかげで私達はここに座り、そして、祈ることができている。

だから、このすごい人数、この命の人数に思いを馳せてみると、とてつもなく謙虚な気持ちになるし、五井先生がおっしゃっているそのことを忘れての自分の存在はないのだって。

そのことを忘れて、「自分が自分の力で何かをしている」などと思ったりするのは、そんな気持ちになった瞬間に、「神のみ心と離れた自分」になっていることであり、業想念の自分になっているということ。

これらの存在によって生かされていることを常に感じながらここに座っていれば、その心に溢れてくるのは、ただただ感謝の気持ち、それだけです。

どんなつらいことが人生に起きようが、私がそれを体験するときの自分を支えてくれたり、信じてくれたりしている存在のことを思ったら、「有り難い」以外の気持ちは出てこないと思うんですよ。

私は今日、皆さんと時間をかけて、そこへ戻ってゆきたいと思っています。なので、今から皆様にも、私と同じように、皆様ご自身が今やりたいことができている状態をイメージしていただきます。

朝ご飯が食べられた。この後、お仕事に行かれるかもしれない。この後、会いたい人に会うのかもしれない。皆さん、それぞれにご予定のあるなしに関わらず、今、自分自身が命をいただいて、様々な存在によって生かされていることに想いを向けてください。

どんな小さなことでも構いませんので、何か一つ選んでいただき、それが出来ていることを支えてくれている存在、見えるもの・見えないものを本当に思いつく限り書き出していただきたいし、手元にメモ帳やペンがなければ頭の中でもいいので、どんどんどんどん思いつくままに言葉にしてみてください。

いかに自分がいろんな存在によって生かされている存在であるか。この命は、自分1人のものではないと五井先生もおっしゃっておられます。

自分という存在は、命の根源において繋がっている。それは神と繋がっているという意味で一つだともいえるし、この世における様々な存在と繋がっているという意味でも一つだといえる。

命の世界の縦と横において、私達の命は一人のものではないし、一つではないということを、ゆっくりと見つめるお時間を、今から二・三分取らせていただきます。

この作業は本来、3分で終わる作業ではありません。私も10分、20分かけて、いろいろ想いを馳せて書き出した作業ですので、2・3分で終わる作業ではないというのは理解しているんですけれども、まずは取り組んでいただきます。

もし、お時間があれば今日の夜とか「動画の祈りの会」の後に、自分という存在が、様々な場面でいかに色々な存在に生かされている存在かということを思索し、見つめていただきたいと思います。お時間、3、4分取らせていただきます。

《由佳先生による英訳》

【真妃先生】

はい。まだまだお時間足りないと思いますが、とりあえずこの3分の中で挙げられたたくさんの存在を、改めて見つめていただいたと思います。

これからの10分間は、皆様とこれら一つ一つに心を向けてゆきたいと思います。

自らを支えるすべてへの感謝の時間

それがどこから来たのか。どれほど多くの人の手を経て今、自分のもとにやってきたのか。どれほど多くの命の営みの中で、今、私という存在がここにあるのか。ただただ静かに静かに感じてみてください。

遠い国で働く人、名前も知らない人、自然の営み、受け継がれてきた叡智。そのすべてが今、私という存在を支えてくれています。

一つ一つに「ありがとうございます」「ありがとうございます」「ありがとうございます」と心の中で唱えてゆきます。

そして、今から10分間の感謝の気持ちを送る時間の一番最後に、「世界人類が平和でありますように」という祈りを皆様と唱えます。

その中で、見えない存在・法友神・守護霊様・守護神様・五井先生、本当にこの世界を今まで支えてきてくださり、この真理を私達に伝え続けてくれた歴代の祈りの大先輩の方々、その存在に心からの感謝を送り、「世界平和の祈り」で最後を終えてまいりたいと思います。

それでは、目をつぶっていても、目を開いてメモをご覧になりながらでもいいので、静かに10分間、今の自分の命を支えてくれている、見える存在、見えない存在へ感謝を送る時間にしたいと思います。

目をつぶりながら感謝を続けながら耳を傾けてください。

感謝の気持ちを忘れるとき、人は傲慢になります。それは、何かいいことが起きたときでも、悪いことが起きたときでも一緒です。

何か良いことが起きたとき、今、自分の人生が順風満帆で、本当にすべていいことが起きていてありがたいって、こんなふうな体験をさせてもらってありがたいという気持ちが出たときに、ただただありがたいではなくて、この幸せな毎日を送れている背後にある存在に目を向けたとき、自分1人の力でここの位置に来ることができたとか、自分1人でここまでのしあがったとは思わないと思うんですよ。

もちろん、自分の努力もあるかもしれないけれども、自分のおかげだけでここまで来たのではないのです。

その背後にあるたくさんの存在に目を向けられたとき、傲慢に偏ることなく、感謝の気持ちを持ちながら、神聖な道の今この瞬間を生き切ることが出来ます。

そして、自分の人生が自分の思うような現状にいないとき。お仕事でうまくいってないとき、肉体の不調があるとき、人間関係がうまくないってないときに、「何でこんな体験を私はしなくてはいけないのか?」と思う。

これも感謝の気持ちから外れて、傲慢な気持ちに偏り始めます。(卑下が極まれば傲慢と同じになる)

今の自分の毎日は、望んでいるような日々じゃないかもしれない。仕事を通して望む結果を得られていないかもしれない。体の不調を通して健康を得られていないかもしれない。人間関係を通して幸福を得られていないかもしれない。

そのときに、「得られていない」「無い」「ない」と思うけれど、なぜ無いのかを見つめる。

それを得るために周りを変えようとしたりとか、道を変えようとしたりとか、外に目を向けて外を変えよう変えようとしているのは、自分がなんとかしようと思っていることです。

そして、今の自分がここに至るまで、自分を支えてくれた存在に目が向いていないときに、そのような「無いこと」に意識の焦点を合わせて、「無い」「ない」「無い」の世界に意識が把われてゆく。

どんどんどんどん業想念の中に意識が同化して、どんどんどんどん無間地獄のようなループに意識が入っていってしまうのです。

そういうときこそ、私という命が今ここにあるのは誰のおかげなのか。こういう体験をさせてもらっているのは何のおかげなのか。こういう体験、つらい体験をしながらも、そこにはどんな支えがあるんだろうかって思い出すことです。

その支えは、どんなふうに自分を支えてくれているんだろうかって。つらいときこそ、そこにある支えに目を向けたときに、そのつらさっていうのは、感謝に変わってゆく大きなきっかけになると感じています。

だからこそ、自分の人生がうまくいっているときも、うまくいっていないときも、私達の気持ちが感謝に充たされ、自分の命が今ここにあることへの感謝、自分の天命が完うされていることに対する感謝に目を向けたとき、五井先生がご著書の中に書かれていた「頂き直す」という謙虚な、謙虚というより当然な生活態度に入ってゆくことができます。

そして、そのような生き方こそが人類を滅亡の方向から平和の方向に向かわせてゆく力になるのだということを、皆様方と今日は体感できたらいいな、そんな時間になったらいいなと思いながら、皆様方とこの感謝の時間を作らせていただきました。

それでは、最後に皆様とともに、「世界平和の祈り」をさせていただきます。五井先生が「たゆみない祈り心」と書かれています。

それは「神様ありがとうございます」という神への感謝の心も祈り心だし、「世界人類が平和でありますように」というのも祈り心だし、「日本が平和でありますように」「私たちの天命が完うされますように」というのもすべて祈り心。そういう祈り心を通して、すべて神様からいただいている。

そして周りの人たちの多くの支えの中でいただいている自分の命なのだということを最後に感じ切って、この時間を終えてまいりたいと思います。

世界平和の祈り

それでは最後に神聖復活の印を1回皆様方と組みたいと思います。

神聖復活の印1回

はい、ありがとうございました。最後にご挨拶の前に告知だけ先にさせていただきますね。

《『Webによる祈りの会』のお知らせ》

《『私と世界が輝く祈りのメソッド』のお知らせ》

《『いのりカード』オンライン説明会》

【里香先生】

今回、真妃先生がこうして深い感謝の時間を設けてくださり、有り難いなと思いました。

日常生活を過ごしていると、普通のこの粗い波動の物質世界のひびき、「私は何が欲しい」「これを得たい」「こうなりたい」っていう欲や、強いこの世的な肉体の想いで、いろいろな人や世界と交わっていると、知らず知らずに祈りは響いているんだけれども、その波に引っぱられることもある。

でも、こういう時間をいただくと、自分が立っている場所が本当にヒュッと上がっていく。

その「自分、自分、自分」っていうところから、自分と世界との関係、ちょっとだけその隙間を空けてあげると、例えば犬の散歩に行っているときに、私なんかは忙しいときとか、時間がないときとか、そういう自分、自分が主になっているときには、例えば掃除しているおばさんを素通りして挨拶を言わずに通り過ぎることがあります。

でも、こういう時間をもらえると、掃除している人が目の前にいたとすると、そのときにその人にフッと触れて、その人の人生というか、その人の響きにスッと入れるときがある。

そうすると、やっぱり自分とその人が実際は見知らぬ人なんだけれども、一つに繋がれる。

それは私の心が開いていることなので、そこから世界というのがどんどん美しいものに変わってゆく。

それを、自分が心を閉ざしてしまうと、守られているし、導かれているし、本当に生かされているから生きてゆくことはできるんだけれども、もっと豊かに、もっと片方の自分である世界や他者との美しい交流とか、その響きで世界を創ってゆきたいと思ったら、やっぱり「自分、自分、自分」っていうところから、自分と他者や世界との関わり合いで豊かな人生を送ってゆきたいってふと思い、感謝の心が深まると、どんどん世界は美しく見えてくるし、少しの努力と本当に少しのきっかけによって、自分の認識っていうのが変わるんだなと思います。

私は今回こういう時間をいただけて、改めてこういうふうに世界はなっているんだなと思いました。

自分、自分の意識でも、生きてゆくことはできるんだけれども、さらに豊かで幸せで、お互いが気持ちよく進化創造してゆける世界になるためには、自分からそういう働きかけというか、そういう余白みたいなものをちょっと取ることによって変わってゆくなと思いました。ありがとうございました。

【由佳先生】

はい、私も同じく「当たり前は傲慢を生む」っていうお話がありましたけど、要するに自分は「当たり前だ」と思っていなかったけど、そこに想いを馳せることができていなかったから、それを今日のワークで改めて本当に生かされている奇跡や、一つ一つの瞬間に溢れている感謝、そこに目を向ければ、すごく豊かな気持ちになれる。

そして、里香先生がおっしゃるように、自己都合の想いで心がいっぱいになってしまうと、別に「当然だ」なんていう気持ちはないけれども、そこに感謝の想いを馳せることも忘れてしまっている。

ということで、本当に今日この時間で、感謝に溢れて自分が今ここにいる奇跡を100万人以上の人たちのおかげで、今こうやって繋がり合えているというところに「有り難いな」って瞬時にそう思える気持ちにさせてもらえるいいやり方を教えてもらえたなと思いました。

祈りカードに関しては、前回、私も参加させてもらってすごく楽しかったので、「1回参加したからもう参加しない」というのではなく、何度でも参加していただけるのではないかと思います。また、それも含めて、この引き続き15分後にお会いできるのを楽しみにしています。

【お三方】

はい。今日もありがとうございました。また2週間後にお目にかかれることを楽しみにしています。ありがとうございました。ぜひこのあと12時15分からもお会いしましょう。失礼します。

以上