Zoom祈りの会メルマガをお読みの皆さまへ
いつもご参加くださりありがとうございます。
2月8日(土)の『動画による祈りの会』の書き起こしレポートを送ります。
250208_動画による祈りの会_真妃先生
○皆様、おはようございます。本日も動画による祈りの会にご参加いただきまして、まことにありがとうございます。本日は由佳先生と里香先生が、別のお仕事で参加できないので、私が一人で皆様方とこの動画による祈りの会を過ごさせていただきますので、どうぞよろしくお願いいたします。
○今日は、「世界人類が平和でありますように」という祈り言葉について、皆様と五井先生のご著書を読みながら、改めてこの祈り言葉が持つ深い意味や言霊についての理解を深め、その後に世界平和の祈りを皆様と49セット唱えて、この地球に住む多くの人々へ向けて、この真理の言霊を届けるような、そんなお時間を過ごしてゆきます。最後までご参加いただけたら嬉しいです。
○それでは、まずはじめに、世界平和の祈りを行ないます。
<世界平和の祈り>
○ありがとうございました。それでは、今日の特別プログラムに入ってまいります。先ほどお伝えしましたけれども、今日は【霊的存在としての人間】という五井先生のご著書の中の139ページの『言は神なりき』という章を読ませていただきます。
○そしてその後に、皆様と世界平和の祈りを祈ってまいります。今から朗読させていただくご文章のなかには、「言」と「言葉」という言葉(同音異義語)がいっぱい出てきますので、それらを区別するために、「言」と書いた紙と「言葉」と書いた紙を、その時々に応じて掲げながら読ませていただきます。
○五井先生は、この「言」と「言葉」という、同じ音で聞える二つの言葉に、違う意味があることをご説明くださっています。
○その二つの言葉を、ただ読み進めてまいりますと同じ言葉に聞こえてしまうので、誤解がないよう、どちらの意味の言葉で五井先生が書かれてるのかを、読んでいる最中に、実際にお見せしながら読んでまいりますので、よろしくお願いいたします。
「言は神なりき」
言葉との違い
「言は神なりき」という言葉が聖書にありますが、この言について、今日は書いてゆきたいと思います。(中略)この説明は拙著『聖書講義』に書かれていますので、それを引用してみます。
「太初に言あり、という、この言とはどういう意味なのでしょうか。
私達人間が使っている肉体の声帯を振動させて出てくる言葉とは、深さが違っていることはわかります。しかも、言は神と惧にある言であり、神そのものである言葉なのであります。
そして、この言によらないで成ったものは、万物のうち一つもないのであり、人の光である生命をこの言はもっているというのです。
さあ、この言とはいったい何を現わしているのでしょう。一口にいってしまえば、波動のことなのであり、ひびきのことなのであります。この波動(ひびき)は生命そのもののひびきであり、光の波動などであります。
ですからこの言は、太初に神とともにあった、つまり、唯一絶対なる宇宙神が、創造活動をはじめられて、光の振動となられるまで、神のみ心の中で働きを静止していたのでありますが、宇宙神の創造活動とともに、言となって諸方にひびいていったのです。
それは生命のひびきであり、光の波動でもあったわけです。そういう生命波動、光のひびき、いわゆる言が宇宙創造を成し遂げていたのであり、現在も成し遂げつつあるのであります」
こういう意味の言が、神なりきの言なのですが、この言が現象世界、枝葉の世界に降ってきますと、言葉となってくるのであります。
この言葉の世界は想念波動の世界と、普通使われる、人間の声帯を震わせて出てくる言葉の世界との二種あるのです。
想念波動の世界と言葉の世界とは、別々の世界で活動している時と、同じ世界で活動している時とがあります。
言の世界を、実在の世界、光明そのものの世界とすれば、想念波動の世界と言葉の世界は現象の世界ということになるわけで、人間はどちらの世界でも活動しているのであります。(中略)
言の中に昇華を
私どもが毎日使っております、この言葉というものの中には、想念波動のひびきも、実在の世界の言 (光)のひびきも混じっているわけなのですが、得てして、人々は、汚れた想念波動の言葉を使いたがります。
せっかく神様が、光り輝く平和な実在界を言のひびきをもってつくって下さっているのですから、私ども人間は、日々使っている言葉や想念波動を通して、実在界の言の中に昇華してゆく必要があるのです。(中略)
それには常に、言葉の使い方を勉強し、想念波動の在り方に気をつけて、常に常に、神のみ心に叶う言葉を使い、想念波動にしてゆかねばなりません。(中略)
祈り言葉というのは、実に神の世界につながる善い言葉なのであります。
想念波動の世界では、悪い想いや、不安な想念が起こったら、それはみんな、過去世から蓄積されていた想念行ための波動が、今現われて消えてゆく姿なのだ、と悪や不安の想念のままで良いから、今度は、口に出す言葉の世界の祈り言葉で、神様のみ心の中に飛びこんでゆく、私流に言えば、消えてゆく姿で、世界人類が平和でありますように、と悪も不安もひっくるめて神様のみ心の中に飛びこんでいってしまう。
そういう祈りを重ねてゆきますと、いつの間にか、心配苦労はどこへやら飛び去り、明るい勇気のある人間がそこに生まれ変わってくるのであります。
想念波動と人類の運命
(前略)なんにしても、想念波動も言葉も神のみ心に叶った浄らかなものにしておく必要があるのです。それでないと、人類の進化はこの辺で止まってしまい、一気に滅亡の方向に向かっていってしまうのです。(中略)
言は神なりき、の言の世界に人類は一度還らなければいけません。それは肉体を脱ぎ幽体を脱いでゆくというのではなく、肉体をつけたまま、幽体をつけたままで、想念意識として、まず言の世界の光明波動の中に、投入してゆかねばなりません。(中略)
宇宙の根源はひびき
先程からコトバのことで申し上げておりますが、言が神そのものであり、光そのものであり、すべてを創り出したひびきそのものでありますから、この言の中に入りこんでしまえばすべての力が人間にも備わるわけなので、そうすればよいわけです。(中略)
実際にこの宇宙は、神のみ心、ひびきそのものでできているのです。ひびきを言というのですが、このひびきは、あらゆる創造能力をもった、叡智そのもののひびきであり、大調和そのもののひびきなのです。
そのひびき(律動、波動)が根源になって、いろいろの階層の世界ができているので、神霊の世界は光明波動そのものでよいのですけれど、霊界から幽界、肉体界とその働きを現わしてゆきますと、次第に波動の働きが粗く、緩慢になって、光明のひびきそのものが、想念波動となり、想念波動から、肉体的行為となって、物質の地球世界ができ上がっているわけです。(中略)
言は神なりきの時代
(前略)いよいよ、言(ひびき)は神なりき、の真理が現象の世界にもはっきりわかってこようとしているのです。
人類が、想念波動、いわゆる心のひびきを大事にしない限り、地球は滅亡の方向に向かうより仕方がないのであり、心のひびきを、神のみ心に合わせて生きる時、地球が真実の平和世界になってゆくのである、ということなのです。(中略)
そこに祈りの大事さが大きくあらわれてくるのです。祈りだけが、神本来の言の中、光そのものの世界に、人間を昇華させてゆけるからです。
近代の人間は祈りの真価というものを知らなすぎます。祈りをただの願いごとのように思っています。祈りは人間の本心を開く方法であり、神の言、神のひびきの中に人間を導きあげてゆく方法なのです。(中略)
天地をつらぬくコトバ
世界人類が平和でありますように
日本が平和でありますように
私達の天命が完うされますように
守護霊さま、守護神さまありがとうございます
この言葉は誰にでもわかるこの世の言葉でありながら、言は神なりき、の神のコトバでもあります。言と言葉が全く一つになった、しかも誰にでも、意味の明白な、そして深いコトバです。
こうした天地を貫いた祈り言葉を間あり時ある毎に使い、この祈り言葉の中に、真剣に想念をいれて生活してゆけば、その人の心は常に神と一体の状態になってゆきます。(中略)
世界平和への道を切り開く
世界平和の祈り言こそ、真理の言葉であり、天と地とつなぐ、光明の柱でもあるのです。(中略)世界平和の祈りの運動を、正しい言葉、正しい想念波動の在り方として、諸国に知らしめてゆくべきなのであります。
祈りは神のみ心のひびきである、ということを事改めて今ここに申し上げておきましょう。
(昭和48年10月)
○はい。【霊的存在としての人間】というご著書の中の、『言葉は神なりき』という章を読ませていただきました。
○それでは、これから皆様方と、五井先生がお話しくださった、神のみ心のひびきである、この世界平和の祈りを、今日は49回(セット)、心を込めて唱え、それによって多くの人たち、そして地球に、この真理の言葉でも神の言でもあるこの祈りの波動をひびき渡らせてまいります。
○皆様、ぜひゆっくりと、49回心を込めて、この言霊を唱えてください。司会の山城さんがカウントしてくださいます。私達が「世界人類が平和でありますように」と7回唱えたら1セットとして、7セット行なってゆきます。
○7回毎に、司会の方が「1セット」「2セット」と言ってくださるので、皆様はカウントする必要はありません。49回ともに、この祈り言葉を発してください。
○それによって、本当に多くの人たちがこのひびきに触れ、言葉が何のために存在しているのかを理解してゆきます。
○皆様ご自身にも、人間が横同士に繋がってゆくためにある『言葉』と、縦との繋がりの中で地球界に神聖のひびきを顕わしながら、神の世界の写し鏡(現世)にしてゆくために使う言の二つの言葉(言)を、意味を混同させないで生きてゆくことがとても大切なのだと、気づきを深めていただけたらと思っております。
○それでは始めてまいります。目をつむっていただいても、開けていただいても結構です。五井先生が降ろしてくださった世界平和のお祈りを、皆様方と49回唱えてまいります。よろしくお願いいたします。
○私が「はい」と申しあげましたら、1回目をご一緒にお唱えください。
○また、五井先生がご著書の中で、声帯を震わせて使う言葉とおっしゃってましたが、私達がこの祈り言葉を発するときには、ただ単に声帯を震わせて発するのではなく、神聖復活の印を組むときと同じように、お腹の丹田に力を込めて、肉体の奥の神聖な部分からこの祈り言葉を発するイメージで唱えてください。それでは始めてまいります。
<世界平和の祈り 7回×7セット=49回>
○それでは皆様、少し静かな時間を取って、皆様の心の中に、世界平和の祈りを鳴り響かせてください。
<世界平和の祈りを心の中で鳴り響かせる時間>
○はい。皆様、ありがとうございました。本当に五井先生が降ろしてしてくださったこの天地を貫く言葉、この祈り言葉を言葉に発して唱えていますと、いかに私達が日常の中で、こちらの言(神聖のひびき)ではなく、こちらの言葉(業想念のひびき)で生きてきたかということがわかってきます。
○「言葉」と「言」が一つになった「世界人類が平和でありますように」という言葉には、「世界人類が平和でありますように。日本が平和でありますように。私達の天命が完うされますように。守護霊様、守護神様、ありがとうございます」という言葉が並んでいますね。
○世界平和の祈りには、世界を平和にする言、日本の人々、自分の周りにいる人たちを幸せにし平和にする言、自分の天命を完うするために必要な言、守護霊様や守護神様など、お守りくださっている多くの神々に対する「ありがとうございます」という感謝の言が入っております。
○私達が日常生活を生きる中で、どうすればこちらの言で生きられるだろうかと思った時に、世界平和の祈りの響きを自らが発し使うことが、平和な世界を創ってゆくエネルギー源であり、「言は神なりき」を自らに顕わした生き方なのだなということを改めて思います。
○皆様とともに、私たちがそういう光の言を日常生活で使ってゆくことによって、世界平和は成されてゆく、創られてゆく、自ずから生まれて来ると、五井先生がおっしゃっておられます。また、
「この時代は物質文明文化だけで進んできた今日までの歴史を、はっきり書きかえるような、神人一如(しんじんいちにょ)の世界になってくるのです。」
○この部分を読ませていただいたときに、今がまさにその時代であり、まさしく神聖復活の時代のことをおっしゃっていると感じました。
「ただ単なる精神時代というのではなく、神霊の世界と人類世界との綿密な提携(ていけい)によって、地球を大きく進化させるわけなのです。」
○この部分は本当に、五井先生が白光真宏会をつくってくださって、世界平和の祈りから始まり、昌美先生が引き継がれて我即神也、人類即神也が降ろされ、そしてその後、神聖復活の印が降ろされ、そして2025年に世界は大きく変化するという流れのなかで、「それは日本から始まる」と昌美先生がおっしゃっていたそのお言葉と、五井先生のご著書の中に書かれている「歴史をはっきりと書き換えるような神人一如の世界になってゆく、そういう世界を創ってゆくのだ」というお話が、本当に神聖復活の時代の到来のことをおっしゃっているということがわかります。
○またそれは、肉体の人間だけで行なうことではないということも、しっかりと心に刻んでおきたいと思います。
○やがて、肉体人間が自分のなかの神聖と繋がることで、いのちの大元である神そのものと繋がって生きる生き方をする時代が始まります。
○それは、特別な人だけがそうなるのではなく、人類すべてがそういう生き方に変容し始める時代が始まったということです。
○私は、その時代の一番前を歩いてゆかれるのが、白光真宏会の会員の方々だと思っております。なぜなら、ここまで変容してきた歴史を引っ張ってきたのが、皆様方だからです。
○だからこそ私たちは、この神聖復活の潮流にしっかりと乗って、よりこの時代を輝いて生き、新たな時代の流れを、スピード感を持って展開してゆくためにも、日常生活のなかで、言を意識し、自分が発する言葉に責任を持って大切に扱い、私たちが発する言葉や言をとおして世界に平和を届けてゆく、自分の周りの人たちに平和を届けてゆく、自分の周りの人たちに希望と幸せを届けてゆくことが大切だと思います。
○そういう言を意識的に使うということは、何か難しいことをするわけではありません。私たちが、日常生活の当たり前を見直し、神聖の習慣に想念・言動行為を慣らし、それを顕現してゆく生き方をしてゆくだけです。
○そうしますと、神聖復活の時代の現われが、どんどん加速度的に私たちの周りに現われてきます。
○それでは、最後に皆様方と神聖復活の印を7回組んで、今日の動画による祈りの会を終えてまいります。皆様方、どうぞよろしくお願いいたします。
<神聖復活の印を7回>
○はい、ありがとうございました。皆様、今日も動画による祈りの会にご参加いただきましてありがとうございました。
○月に1回か2回の会ですけれども、こうやって皆様方と空間を超えて、共に祈れる時間が与えられていることに、本当にいつも深く深く感謝しています。
○毎回、千人を超える方たちが、この場を共にしてくださっています。「それはすごいことだな」と思っています。
○私たちは、この映像をとおして、千人を超える方たちと繋がって、共に世界の平和のために祈っている、自らの神聖復活、人類の神聖復活のために印を組んでいる。それは、本当に尊いことです。
○皆様方は、素晴らしい徳を今生で積んでいらして、皆様方はその徳を積むと同時に、瞬時に交流が行われていて受け取っていらっしゃいます。
○ですから、皆様方が世界の平和のために祈っていらっしゃると同時に、皆様方は世界の方々の守護の神霊から、皆様が平和のために祈られているというそのご存在に対して、感謝を受け取っておられます。
○だから、私たちはけっして一人ではないのです。どんな苦悩や困難のなかに置かれていてさえも、一人ではないのです。常に、守護霊様・守護神様が見守ってくださっています。またこの肉体界においても、多くの人たちが祈りをとおして、お互いに応援し合っておられます。
○私もときに、「よし、今日は本当に頑張っていかなければいけないんだな」って思うときに、たまに大きな不安や恐怖と向き合わなければいけない時があります。
○その時に、こうやってともに祈ってくださる皆様方の存在を思い出すのです。そうすると、「皆様方の祈りと繋がっているのだ」と思え、前へ進めるのです。
○私たちの祈りは、本当に神の光、神の言霊と繋がっています。そこに立ち戻りますと、五井先生がご著書のなかに書かれていましたけども、いろんな不安や恐怖が消えてゆきます。なくなってゆきます。
○なぜなら、祈りの光に繋がっていますと、不安や恐怖というのは、過去から現在に至る誤てる想念によって生まれているもので、今この世のこの瞬間にあるものではないということを思い出せて、意識が神聖の立ち位置に戻れるからです。
○しかし、私たちは勘違いをしてしまい、それが今この瞬間にあるように思ってしまうことがあります。だからこそ、真実と繋がり、真理と繋がる生き方を継続することが大切です。
○それはどういうことかと申しますと、一瞬一瞬、瞬間瞬間というのは、無色透明であり、どんなふうにでも画き出せる状態になっていて、私たちは今この瞬間に、いろんなことを生み出すことができます。
○その今、この瞬間に、私たちが何と繋がり生きるかによって、私たちの未来に生まれてくるものが変わってくるのです。
○私たちはこの瞬間に、何と繋がればいいかと申しますと、「世界人類が平和でありますように」という祈り言葉、神と一つに連なっている祈り言葉と繋がるのです。
○また、「我即神也」「人類即神也」「神聖復活、大成就」「すべては完璧、欠けたるものなし、大成就」、このような言と言葉が一つになった光のひびきと繋がって生きることによって、私たちは今この瞬間を神そのものの存在として、五井先生がご著書に書いておられました『神人一如の世界』を、今この瞬間に創ることができるのです。
○そして、それをするかしないかを選択する権限は、私たちひとりひとりが持っています。ですから皆様方、どうか神聖の繋がり合いを思い出してください。ひとりではないんだと……。
○祈りの同志が常に祈りを発してくださっていて、私たちは、祈りの同志が発する祈りと繋がっています。また、守護霊様・守護神様が導き守る形で繋がってくださっています。
○私たちが今この瞬間に発する想いや語る言葉によって、私たち自身も神と直に繋がることができるのです。それによって神聖な世界を、この瞬間瞬間に創りあげていて、それが未来に現われてくるのです。
○そのことを、どうか忘れずに、次にお会いできるときまで、次の動画による祈りの会でお会いするまで、皆様方が瞬間瞬間に発する想いや語る言葉を大切に過ごしていただければ、皆様方の未来は、この瞬間にも変わってゆきます。
○今日もご参加いただきまして、ありがとうございます。
○最後に、来週の火曜日に開催されます、五井平和財団の会員総会『報告と感謝の集い』のお知らせをさせていただき、動画の祈りの会を終えたいと思います。
<五井平和財団会員総会『報告と感謝の集い』のお知らせ>
○皆様と火曜日にお会いできたら嬉しいですし、お会いできなかった場合には、次回の動画による祈りの会でお目にかかれたらと思っています。
○今日も少し時間が過ぎてしまいましたが、本日もご参加いただきましてまことにありがとうございます。
○皆様の今日一日が、本当に神聖な一日でありますよう、皆様の神聖が皆様の周りに溢れ出る一日であるよう、心からお祈り申し上げております。
○今日もありがとうございました。またお目にかかることを楽しみにしております。ありがとうございます。