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[Zoom祈りの会メルマガ: 000251] 2025年4月12日(土) 動画による祈りの会_由佳先生・真妃先生・里香先生

[Zoom祈りの会メルマガ: 000251] 2025年4月12日(土) 動画による祈りの会_由佳先生・真妃先生・里香先生

Zoom祈りの会メルマガをお読みの皆さまへ

いつもご参加くださりありがとうございます。
4月12日(土)の『動画による祈りの会』の書き起こしレポートを送ります。


250412_動画による祈りの会_由佳先生、真妃先生、里香先生

【お三方】
○皆様、おはようございます。

【里香先生】
○本日は4月の12日ですね。はい。

【由佳先生】
○動画による祈りの会にご参加くださいまして、皆様、ありがとうございます。今日は、久しぶりに3人一緒でね、嬉しいです。3人で、こちらからお届けしたいと思います。

○今日のメインプログラムも、本当に自分を深められるような内容になっていて、新年度、みんな入学式とか新たな場所で頑張っているけれども、やっぱりその頑張っているときに、ちょっと心をほぐしてあげるというか、そういう癒しの時間というのがすごく大事だなと思っていて、皆様方とその部分を、今日も深めていけたらと思いますので、よろしくお願いいたします。では、お祈りから始めてまいります。

<世界平和の祈り>

【里香先生】
○ありがとうございます。真妃先生、本日のプログラムの説明をお願いします。

<自分の答えを通して自分を深め理解してゆくワーク>

【真妃先生】
○それでは、今回の特別プログラムに入ってまいりたいと思います。今回は特別プログラムの中で、自分自身が何者であるかということを、皆さんと一緒に深めてまいりたいなというふうに思います。

○流れといたしましては、皆さんに、これから自分自身に、「私は何者なのか」ということを問いかけていただきます。

○そのやり方としては、今、宇宙人が皆さんの目の前に現われたとして、その宇宙人があなたのことをじっと見ながら、「あなたは何者ですか?」と問いかけてきたことを想像してみてください。

○そのときに、皆さんは何と答えるでしょうか?その答えには様々な答え方があります。例えば、それは名前かもしれないし、属している国なのかも知れない。あとは、職業なのかもしれないし、人間関係、例えば母親とか子供とかかもしれないし、あとは性質なのかもしれない。例えば、優しい人、間違いをよく犯す人、自分を赦せない人、そういう自分の性質として、自分が何者かを答えるかもしれないし、持っている想い、例えば、平和を愛する私なのかもしれないし、人を大切にする私なのかもしれないし、神聖を探求する私なのかもしれません。

○その答えというものは様々ですけれども、目の前に宇宙人がやってきたときに、もう頭で考えるというよりも、突然わけのわからない人がやってきて、「あなたは何者ですか?」と問われたら、「自分は何て答えるだろう」ということを考えていただければと思います。

○その答えには、正しい答えも間違っている答えもないので、今出てきた皆様の中にある「自分は何者なんだろう?」に対する答え、それが今のあなたにとっての「自分は何者か?」への答えです。

○そのようにして、{自分の答えを通して自分を深め、自分を理解してゆく}、そんな問答を今からやってまいります。それに向けて今から、里香先生と由佳先生に、このようにやればいいんだというシミュレーションをして見せてもらいます。

○それでこのワークは、7回問答を続けます。「あなたは何者ですか?」という問いをして、答えが出た毎に、『“その答え”即神也』と宣言をして、我即神也の印を一回組みます。

○例えば私でしたら、宇宙人が目の前にやってきて、「あなたは何者ですか?」と言われたら、最初は多分、「私は川村真妃です」と答えると思うんです。そうしたら、「川村真妃即神也」と宣言をして、我即神也の印を一回組みます。

○印を組み終わったら、また宇宙人がやってきて、「川村真妃さんは何者ですか?」と聞かれ、私は二回目に「母親です」と答えます。そうしたら今度は、「母親即神也」と宣言して、我即神也の印を一回組みます。

○これを7回繰り返します。我即神也の印を組めない方は、その間ずっと「“ご自分の答え”即神也、“ご自分の答え”即神也、“ご自分の答え”即神也」と、それを唱え続けてください。

○説明が難しいかもしれないので、由佳先生と里香先生に、どんな流れでやるかをやって見せてもらいます。

【由佳先生】
○宇宙人役をさせていただきます。お願いします。

○はい。宇宙人がやってきました。「あなたは何者ですか?」と聞かれたら……。

【里香先生】
○私は白光花子です。

【由佳先生】
○……と答えたときに、宇宙人が「では、“白光花子即神也”の印を一緒に組みましょう」と言って、一緒に印を組みます。

○印が終わって、「白光花子さんは何者ですか?」と、また宇宙人が聞きます。

【里香先生】
○日本人です。

【由佳先生】

○と答えたら、「では、日本人即神也で一緒に印を組みましょう」と言い、印を組みます。

○印を組み終わったら続けて、「日本人なるあなたは何者ですか?」

【里香先生】
○母親です。

【由佳先生】
○……と答えたら、「では、“母親即神也”で一緒に印を組みましょう」

○「母親なるあなたは何者ですか?」

【里香先生】
○「不安が大きなものです

【由佳先生】
○「では、“不安が大きなもの即神也”で一緒に印を組みましょう。

○印を組み終わって、「では、不安が大きなもののあなたは何者ですか?」

【里香先生】
○「祈り人です」

【由佳先生】
○「では、“祈り人即神也”で印を一緒に組みましょう。

○次に、「祈り人なるあなたは何者ですか?」

【里香先生】
○「わからないです

【由佳先生】
○「では、“わからないもの即神也”で一緒に印を組みましょう。

○「わからない者であるあなたは何者ですか

【里香先生】
○「全詫
するもの」

【由佳先生】
○「では、“全詫するもの即神也”で一緒に印を組みましょう」

○……と、7回、こうやって宇宙人と接触していただきたいと思います。

【真妃先生】
○はい、ありがとうございました。こんな問答を繰り返しながら、皆さんとともに、「私たちはいかなるものなのか?」という問いを、ご一緒に探求してまいりたいと思います。

○それでは皆様、まずは静かな時間を少し取ります。これからこのワークを始めてゆくにあたって、目を閉じていただき、心静かに「自分は何者なんだろうか?」という問いに向き合うための心の準備をしてまいります。

<心静かに自分と向き合う時間>

○何度もお話させていただきますが、その答えに『正しい』『正しくない』はありませんので、今から問いかける問いに対して、ふと思いついた言葉をそのまま使ってください。

○それが良いとか悪いとか、一切ジャッジをする必要はなく、思いついた言葉を大切にして、「“その言葉”即神也」と唱えて、我即神也の印を組んでまいります。

○それではゆっくりと目を開けていただき、私の問いかけにお答えください。

○「あなたは何者でしょうか?」

○日本人、女性、名前、どんな答えが頭に浮かんだでしょうか?

○皆様が今お答えくださった「“その答え”即神也」で我即神也の印を組んでまいります。私は、「川村真妃」という答えが出てきたので、「川村真妃即神也」で印を組みます。

○皆様方もそれぞれ出てきた「“答え”即神也」で我即神也の印を組んでください。我即神也の印がわからない方は、「川村真妃即神也、川村真妃即神也」のように、「“出てきた答え”即神也」と、印を組み終わるまで何度も何度もご自身の中で唱えてください。

○それでは、「“お答え”即神也」と宣言を言っていただき、我即神也の印を組みたいと思います。

<我即神也の印 一回目>

○はい。「○○○○即神也」(印を組む)ありがとうございます。

○また、宇宙人が皆さんの目の前にやってきました。あなたの目をじっと見つめて問いかけます。

○「あなたは何者ですか?」

○今ふと浮かんだその言葉を大切にしてください。どんな答えもすべて尊いあなたの答えです。それでは、その言葉の後ろに「即神也」とつけて、我即神也の印を組みましょう。

<我即神也の印 二回目>

○はい。「○○○○即神也」(印を組む)ありがとうございます。

○またまた宇宙人がやってきて、あなたに問いかけます。

○「あなたは何者ですか?」

○今、皆さんの心の中に浮かんだ言葉を大切にして、その言葉の後ろに「即神也」とつけて、我即神也の印を組みましょう。

○「もう少し時間をかけてください」ということですので、もうすこし時間かけます。

○「あなたは何者ですか?」

○その言葉を大切にして、「“その言葉”即神也」と宣言を唱えてから我即神也の印を組んでいただきます。それではよろしくお願いいたします。はい。

<我即神也の印 三回目>

○はい。「○○○○即神也」(印を組む)ありがとうございます。

○またまた同じ宇宙人がやってきて、あなたに問いかけます。

○「あなたは何者ですか?」

○答えはもしかしたら、役割……、教師とか看護師とか学生とか、あとは人間関係、親子関係、会社での人間関係、あとは性質なんかもありますね。優しい人、怒りっぽい人、常に悲しんでる人、不平不満を言う人、様々な性質もあります。持っている想い、「人に優しくしたい」という想いがあるとか、「偉くなりたい」という想いがあるとか、「有名になりたい」という想いがあるとか、そういう持っている想いで自分を表わすこともできます。

○いろいろな表わし方が自分を表わす言葉として思い浮かぶ中で、4回目に、宇宙人があなたに問いかけてきたとき……。

○「あなたは何者ですか?」

○どんな答えが頭の中によぎっているでしょうか?そのよぎった答えが「良い」とか「悪い」とか判断するのではなく、そのあがってきた答えそのものを大切にして、「“その答え”我即神也」と宣言して、我即神也の印を組んでください。4回目です。

<我即神也の印 四回目>

○はい。○○○○即神也(印を組む)ありがとうございます。

○また宇宙人がやってきました。そして、あなたに問いかけます。

○「あなたは何者ですか?」

○5回目の問いになりますが、5回目の問いに対してあなたは何と答えるでしょうか?それでは今、「“心の中にある言葉”即神也」と宣言し、我即神也の印を組んでまいります。

<我即神也の印 五回目>

○はい。○○○○即神也(印を組む)ありがとうございます。

○また宇宙人がやってきました。

○「あなたは何者ですか?」

○たくさん答えを出してきました。「日本人の私」「川村真妃」「日本人」「女性」「母親」「平和を愛する者」「物忘れが激しい人」……、いろんな答えを今まで出してきましたが、さらに宇宙人が問いかけます。

○「あなたは何者ですか?」

○あなたは何と答えますか。出てきたその答えを大切に、その答えのあとに「即神也」と言葉をつけて宣言し、我即神也の印を組んでください。

<我即神也の印 六回目>

○はい。○○○○即神也(印を組む)ありがとうございます。

○またまた宇宙人がやってきて、これが最後の問いだよ、答えてください。あなたの目を見て、問いかけます。あなたは何者ですか。この宇宙人の問いに、何とお答えになりますか。はい。皆さんの心に上がってきた言葉の後ろに即神也と宣言をつけて我即神也の印を組みたいと思います。

<我即神也の印 七回目>

○はい。○○○○即神也(印を組む)ありがとうございました。

○皆様、「私は何者なのだろうか?」という問いかけを通して、いくつもの私というものに出会われたのではないかと思います。そして、我即神也の印を組ませていただくことによって、どんな私も神へと還元する、光と融合するそんなお時間を作っていただいたのではないかと思います。

○それではこれから五井先生のご著書『永遠のいのち』、このご本の中の一番最初の章『汝自身を知れ』という講話を読ませていただきます。これは30ページぐらいに渡る講話なので、またいつものように、抜粋しながら読ませていただきます。ですから、お時間がある方は、ぜひこの講話の『汝自身を知れ』というところの全体をお読みください。それではお聞きください。

<五井先生のご法話の朗読>

汝自身を知れ

五井昌久著 『永遠のいのち』から

一番根本的なこと

一番根本的で大事なことは、ソクラテスの時代から“汝自身を知れ”といわれているように、『人間とはいかなるものか』ということを知ることです。(中略)

自分の主体性はどこにあるのか

肉体の自分はどうしてこうやって生きているのか、動いているのか。今しゃべっています。このしゃべる言葉はどこから出てくるのか。声は声帯を振動させて出てくる。言葉の意味はどこから出てくるのか。脳のヒダの中に入っていて、それが順ぐりに出てくるのか。そうするとその脳のヒダを動かしているものは何か。脳を創ったものは何か、神経作用を創ったものは何か、ということにまずなる。(中略)

人間がこうして生きているんでも、人間自身が頭を創り手や足を創ったわけではなく、また肉体人間が考えたわけじゃない。なのに自然に肺が出来、心臓が出来、いろんなものが出来ている。(中略)

赤ん坊がお腹へ入るというのも不思議ですね。(中略)だんだん大きくなって、考える力、素晴らしい創造力をもっている人間になる。その能力は赤ん坊の時はどこにあるんでしょう。次第に発達してくるけれども、みんな才能が違って現われてくる。その才能というか、知恵というものはどこから出てくるか、ということになります。そうすると肉体が生まれない以前から、肉体の頭脳・心臓・肺臓が出来ない以前から、それに優る、それを創り出す力というものが、どこかになければならない。(中略)

父母が媒体として生命が現われてくる。その生命が現われてきた源の生命というものが大事であって、この肉体というのは現われてきたものであるわけです。その肉体が毎日生きている。心臓が動き、肺臓が動き、頭(考え)が自由に回転している。晩になって眠ります。眠っている間は何もわからない。自分の意識が何もない。無いけれど心臓も肺臓も胃腸も依然として動いている。(中略)

果たして主体性はどこにあるのか。肉体の中にあるのか、肉眼に見えないほうにあるのか。明らかに主体性は肉体の側には無い。在るのは眼に見えない、もっと深い微妙な波動の世界にあるわけです。それを一概に霊魂とか、あるいは神とか宗教的にいうわけです。(中略)

宗教心の第一歩

今度は逆に考えまして、人間が一人生きていくためには何が必要か、といったら、食べ物が必要だ、空気が必要だ、水が必要だ。そして水は外界から与えられるものです。食べ物も空気も外界から与えられるもの。そうすると外界に依存しなければ肉体は生きていけないことになる。(中略)

だから人間が偉そうに、神も仏もあるか、俺の力だ、俺の力でやっているんだ、といったって、すべて外界から力を借りないと生きていけないし、すべて外界から与えられて生きているのです。それこそ内なるものと外なるものとが一つになって生かしてくれているんだなあ、有り難いなあ、ということになるわけなんですね。そこが宗教の根本なのです。そしてそこから宗教の第一歩が始まるのです。(中略)

病気になって病気を治してもらいたい、と神さまにすがる。貧乏になって貧乏を直してもらいたいと思って、神さまにすがる。それは宗教に入る道ではあるけれど、本当の宗教ではないわけです。宗教の根本は、いのちこのままが有り難い。生命が生きているのが有り難いな、いのちは、一なるものと外界が結びついて、一つになって生かされているんだなあということです。そこへ行くと、初めて人間がわかる段階に入るわけです。

人間というものは、あらゆるいのちが自分の中に生きていて、自分に必要なものをいのちが吸収してくれて生かされているんだ、ということになる。自分のいのちというものは常に外界から与えられ、新陳代謝して生かされているわけです。そうすると肉体というものは、自分のものであって自分のものではないのです。(中略)

"自分のもんじゃないんだな、ああこれは宇宙のものなんだな、大生命の分かれた生命がここに仮に、ナンノ誰がしという自分という形で現われているんだなぁー。ああそうだ、自分というものは、大生命の中から生かされているんだな、神さまに生かされているんだな、大生命によって生かされている。有り難いなー、大生命さまありがとうございます。神さまありがとうございます。宇宙万物ありがたいなあー」という感じにならざるを得ないと思うんですよ。(中略)

自己を知る実際的方法

現世的に不幸がないほうがいいとか、苦しまないほうがよいとか、という愛情は勿論必要だけれども、それ以上にもっともっと必要なのは、大神からつながっている永遠の生命、本当の自分というものを知らせることなんです。本当の自分というのはどういうものなのか、知らせることが一番の愛です。

子供に知らせるには親が知らなければならない。人に知らせるには自分が知らなければならない。それには理屈でいってもだめだし、頭の中で知ってもだめだ。心の底から、ああ、そうなんだとわからなければいけない。

人間は神の子だ、と聞かされます。ああ、そうかなあと頭で思うけれども、実際には思わないんだな。行ないと頭とがチグハグになっている。よく宗教学の知識が頭に一杯つまっていて、何でも知っている人があります。ところが行ないがちっとも出来ない人がある。要するに、神は大光明であり、完全円満であって光り輝いているもんだ、と頭でわかります。ところが行ないとしては、いつも暗い顔をしている人もある。

では実際に出来る方法は何か、というと、今まで、肉体人間として生きてきた、何生もかけて生きてきた、そういう習慣の想いをなくすことなんです。人間は肉体なんだ、という想いを頭だけじゃなくて全部から無くさなければならない。これを仏教的にいえば『空になれ」とか、老子がいえば『無為にして為せ」ということになるわけです。

ところが、なかなか空になれませんでしょ。そこで私は消えてゆく姿なんだ、今、現われている想いも、すべての行ないも、善いことも悪いことも、すべて過去世の因縁(習慣)が現われて消えてゆく姿なんだ。善いことが現われてもそれは習慣の現われなんだ、悪いことが現われても習慣の現われなんだ。だから、善いことにも悪いことにも、すべて把われないで、一つの形にはまらないで、そのまますべては消えてゆく姿なんだ、といっているのです。あるものは何かといったら、大神さまのいのちだけなんだ、自分の本心、本体だけなんです。

本体というのは、宇宙に満ち充ちているいのちなんです。五尺何寸の自分じゃなくて、太陽と同じように光り輝き、宇宙に逼満し、どこにでも一瞬に行けるという、もの凄いスピードのある光体なんです。自分は光なんですよ。それを忘れちゃって、肉体の習慣がついていますから、肉体だーと思いこんでいる。自分というのはこういうものだ、とみな思っている。私はそんなこと思ってないんです。

習慣の想いで動いていてはダメ

私は、皆さんの目で見れば五尺何寸かのこういうものでしょ。ところが、ズーッと奥の奥の奥の奥の奥のほうの大光明なんです。大光明が便宜上、ここに肉体のような形を現わしているということを、私はハッキリ知っているのです。(中略)

それなのに、神さまの光を現わさないで、好きだとか嫌いだとか、こうだとかああだとか、自分でこうしたい、ああしたいとか、そういう想いの習慣だけが現われて、ぐるぐるぐるぐる回っている。どんな名案もどんな悪い想いも、それは習慣の想いが消えてゆく姿ですね。

消えてゆく姿をどこへやればいいか、といったら、祈りの中に入れる。「世界人類が平和でありますように、そのために私を生かし給え、私どもの天命が完うされますように」すると世界平和の大光明が入ってきて、悪い習慣をどんどん消してくれるわけですよ。(中略)

みんな神の子なのです

今になってみると、消えてゆく姿、とわかった。『現われてくるいい考えも悪い考えも、恨み心も愛の心も、すべて消えてゆく姿なんだなあ、在るものは天地を貫いた生命の流れなんだなあ、その流れの中に自分の天命があるんだから、そのままいけばいいんだなあ。ということになる。

いいかえれば、あらゆる想いが出、明暗が出てきても、一遍世界平和の祈りの中へ入れてしまって、そこから生活も何も一歩を踏み出す。そうするとすべてが自然、自然に為すことが出来る。それが無為にして為せ、なんです。だから消えてゆく姿で世界平和の祈りの中から無為にして為せ、という老子の教えがそのまま行じられてくるわけです。(中略)

(昭和38年10月)

【真妃先生】
○皆様、聞いていただいてありがとうございました。今日のワークから五井先生の『汝自身を知れ』のお話に流れを繋げてみたわけですけれども、なぜ繋げたかというと、先生がおっしゃる「人間とは肉体ではなく、神の分霊である」という真理に意識が帰結するように、ご自身を見つめ直していただきたかったからです。

○よい習慣も悪い習慣も、今思い込んでいる「自分はこういうものだ」という想い、自分とは何者かという問いの中から出てくるいろいろな自分という意識が、五井先生が【永遠のいのち】というご著書の中に書いていらっしゃるように、「すべてが過去から現在に至る消えてゆく姿なんだ」ということを自覚しますと、本当に神聖意識を自分に顕わしてゆく想念行為に繋がってゆきます。

○私は、「自分とは何者なんだ?」という問いを自らに発してゆく中で出てくる想いと、五井先生が「知識として知っているだけでは駄目なんだよ。本当にそれを体得して、行じてゆくことが宗教なんだよ」とおっしゃるところを繋げられるのではないだろうかと考えて、今日は皆様に、先ほどのような問いかけをしてみたわけです。

○ワークのことでもいいですし、五井先生のお話を聞かれての話でもいいんですけれど、お二人はどんなふうに思われましたか?

【由佳先生】
○私はやはり、五井先生のご本の朗読を聞きながら、肉体として必死に生きている自分と、その奥底で生かされている本当のいのちというその二つの話が、とてもハッキリと再確認できました。

○それはやはり、神聖復活の印を組み続けてきた蓄積や、ここまで昌美先生が私たちをたくさん成長させてくださったおかげだと思うんですけれど、きっとその当時にこの話を聞いておられた会員の方々よりも、五井先生がおっしゃっている「生かされてるいのち」の部分、「光り輝いている神聖の部分」を、もっとずっと自然にキャッチ出来て、いとも簡単に入ってくるという感想を持ちました。それは、皆様もきっと同じだと思うんですけれども、そういうことを正直に感じていました。

○だからこそ逆に、「肉体として生きている想いのあり方」をご説明なさっている箇所を聞いていたときに、今回のワークも含めて感じたのは、肉体としての想いの側に立つ自分も、神聖の側に立つ自分も、丸ごと含めて“我即神也”なんだなあということです。

○私たちは日々、宇宙神の光を降ろす神聖復活の印を組んでいるがゆえに、生かされて生きているいのちの光そのものの自分をしっかりと自覚しているからだと思いますが、「一生懸命に肉体の自分として生きている側」に立って我即神也の印を組んでいると、肉体側の自分すべてを丸々と愛して「我即神也なんだよ」と包み込むような意識で、我即神也の印を組んでいました。

○私自身、最近は日常生活の中で我即神也の印を組む機会がなかったがゆえに、久しぶりに我即神也の印を組んでるときは、生かされて生きている事実を感じながらも、肉体として必死に生きている自分も丸ごと我即神也なんだと、改めて気付かせてもらえるワークだと思いました。

○ですから、神聖の側の自分も、肉体の側の自分も、その両方が愛おしいという結論に至って、今の自分を感じています。ありがとうございました。

【真妃先生】
○本当にそうですよね。私も我即神也という言葉が自分の中に湧き上がってくる時には、何かわからないとか、自分を肯定できないときに出てくる「我即神也」もあって、でも、それもその姿即神也なのだと思っています。

○なぜならそれは、「消えてゆく姿を通して神を現わしている自分」であって、それを否定する必要はなく、それが現われているということは、神の現われの一つの形が今消えてゆく中に現われている状態で、「神とはこういう姿である」という、いろいろな神の形を体験させていただいているということを感じました。

【里香先生】
○五井先生のご著書の中にもありましたけれども、神の光がこちらの次元に降りてくるときには、様々な光に分類されて現われてきます。また、その一即多神の姿は、すべての段階を通ってこの肉体に繋がっています。

○そうであるからこそ、私たちの存在は、宇宙神様に繋がった我即神也の存在であると同時に、神即我也、宇宙神様ご自身が分身として私たちの器に入り、肉体の経験を通して働きながら進化創造してゆく姿であるともいえます。

○その姿は、一方通行ではなく、循環というか両方通行、往相と還相の在り方となっていて、だからこそ私たちは進化創造できるし、今いる世界に神界の大調和した状態を創造(降ろ)しながら、あらゆる次元を通って進化できる存在なのです。

○ですから、この世に現われているあらゆる消えてゆく姿は、消えてゆく姿即神也であるということができます。

○また、宇宙神様が一瞬(私たちの人生は宇宙神から見れば一瞬)私たちの命に入って次元を降ろして、無限から有限の肉体に窮屈に止(とど)まっているそのお働きも、本当にありがたいお働きであって、それを感じ取ることができると、やはり様々なものを目にしたときに、動物であったり植物であったり、そこに命が宿り、霊が宿り、神が宿っている様々な姿を目にすることが出来ます。

○その視点は、バーバラさんという、私たちが仲良くさせていただいている方が書かれた素晴らしい詩の観点でもありますが、私はその詩が大好きで、そこから本当にたくさんの叡智をいただいていて、それを今こうやってお話させていただいています。

○いつか、皆様にもその詩をご紹介したいと思っているんですけれども、やはり宇宙神様は、往相と還相の相互のお働きの姿を喜んでいらっしゃる。

○そうした宇宙の在り方を私たちは感じ取っていて、「五井先生は、その『相互作用の姿』と『消えてゆく姿で世界平和の祈り』を一つにして、私たちに簡単な祈りとして、宇宙神のみ心を各自に顕現する祈り(方法)を授けてくださったんだな」というふうに思いました。

【真妃先生】
○はい。五井先生のお話されることというのは、こうやっていろいろ問いかけてゆくと、そこから様々な真理の真髄が見えてきます。

○今日、皆様方に読ませていただいたこの【永遠の命】というご著書の『汝自身を知れ』の章を、皆様方にもぜひ改めて読んでいただいて、ご自身で「私は何者なのか?」という問いを自らに発して、その問いに対する皆様ご自身の答えと、五井先生のおっしゃる真理の在り方が繋がってゆくという、素敵なお時間を過ごしていただければと思います。

○今日、お伝えしたかったことは、「私たちが日々体験していることには、何一つとして無駄なことはない」ということ、そして「すべて完璧、欠けたるものなし、大成就」そのものであるということです。

○物事が上手く運ばれているときも、逆に何か上手くいかないときも、「すべては“○○即神”の表われである(※宇宙神が様々なご自分を体験されている姿なのだ)」という事実を想い、「私たち肉体人間は生かされて生きている存在なんだ」という原点に立ち返れば、五井先生がおっしゃっておられるように、「ああそうだ、自分というものは、大生命の中から生かされているんだな、神さまに生かされているんだな、大生命によって生かされている。有り難いなー、大生命さま、ありがとうございます。神さま、ありがとうございます。宇宙万物、ありがたいなあー」という感じにならざるを得ない状態になります。

○そのように見てゆきますと、自分は内側では神様と繋がっていて外と繋がり、外の助けを借りて今の自分がいる。そして、自分というこの存在も自分が作ったわけではなく、神様のいのちの流れの中で、赤ちゃんとして生まれてきたという原点に戻ります。

○そこには、何も自分というものがない。しかし、ないけれどもあるというその在り方の中に、私たちは神のいのちの表われを見ます。

○そういうことに日常の中で気付いてゆく一つのきっかけが、様々な場面で「私は駄目な人間な」とか、「私は○○な人間だな」と思う想いです。そう思ったその瞬間に、「私は何者なんだろうか?」という、今日の問いを自らに問いかけてゆくのです。

○そういうときにこそ、自己存在の本質に繋がる問いをご自身に問いかけてくださると、始めに表われた「自分はこういうものだ」という考えから、どんどんどんどん深掘りしてゆけば、五井先生のおっしゃる「生かされている自分」に気付き、そのさらに奥にあって自らを生かしている本心、さらにその奥の宇宙神のみ心に近づいてゆくことができます。

○「自分は何者か」というその主体がどこにあるのかということは、頭でわかるようなものではなく、様々な体験の中で、自分のいのちの奥、内側から感じられたり、ひらめく言葉として涌き起こってきたりするものです。

○今日は、皆様にも「自分は何者か」を自らに問いかけつづけていただくことで、そういった気付きの日々をお過ごしになれるのではないかと思い、このようなお時間を取らせていただき、このような特別プログラムにさせていただきました。今日はありがとうございます。

【由佳先生】
○補足です。今回は、我即神也の「我」の部分にいろいろな自分を入れて行なうワークをさせていただきましたけれど、そのやり方は今回のワークの中においてのみで、通常は、我即神也の印をそのまま組んでいただきますようお願いいたします。はい、以上です。

○最後に、神聖復活の印を一回、組ませていただきます。皆様、よろしくお願いいたします。

○客観的に見てみますと、この神聖復活の印が降りてきて、光であり、いのちでもある我即神也、神即我也の部分の『神聖』を一層確信し、私たちは「神と倶にあるのだな」という感想を改めて感じました。

○そうした確信が強まれば強まるほど、お二人がおっしゃっていた『消えてゆく姿』に対する自分の状況や現象に対する愛のあり方や、物事の見え方が本当に変わってゆくのだなというのを改めて実感しました。

○昌美先生がいつもおっしゃいますけれど、この神聖復活の印は、すべてに対して神聖の光を届けていると同時に、改めて多くの会員さんが組まれた印の効果が一人一人に確実に戻ってきており、自分の中にもたくさんの神聖の光と響きをこうやって一堂に会して、一斉に、一緒に浴びさせていただいているんだ、ということを感じさせていただいています。

○そういう中で本日も、また千人以上の皆様と神聖復活の印を組むことによって、すべての生きとし生けるもの、大地、プレート、動植物、人々、そしてその中に入る自分自身に向けて、神聖の光をまた届けてゆきたいと思います。では一回、一緒に組ませていただきます。よろしくお願いいたします。

<神聖復活の印を一回>

○目を閉じていただいて、今組んだ神聖復活の印の光が世界中の隅々まで届いていることをイメージしてください。はい。ありがとうございます。

【里香先生】
○最後に、皆様に嬉しいご報告とお願いがあります。

【由佳先生】
○あれですよね。(フィルムフェスティバルに参加している映像と楽曲の再生と高評価のお願い)

○最初のきっかけは、実はUNITY EARTHにいらしていた“たくさんの海外の方”の中で、ご夫妻のウインさんとダグラスさんがすごく素敵なお話を持ちかけてくださったんですよね。

○「テッセさんという女性が今、ある絵本を構想していて、「日本人の女の子が世界中の真理を学びながら、ピースポールを立ててゆくという物語の絵本を描きたい」と言ってるんだけど、三人はどう思う?」という話があって、「いいですね」というところからこの話が始まりました。

【里香先生】
○その物語は、もうほぼ完成の状態で、それがアニメーションにもなっています。

○そのアニメーションの音楽も、皆様もご存知と思うんですけれど、私たちが親しくさせていただいてるクリスティン・ホフマンさんが音楽をつけてくださっています。

○それで今、歌が入ったその動画がフィルムフェスティバルで最終審査にまで残っていて、そこで一番高い評価(★の数)と視聴数が高い作品に賞を与えられることになっています。(※4月13日夜時点で、再生回数はトップになっています)

○それで、ぜひ皆様にも、この動画を見て音楽を聞いていただいて、そのピースメッセージが世界中に広がり、このキャラクターとアニメの世界を通して広がってゆくことを想像していただきたく、今日、お時間をいただいて紹介させていただきました。

○どうやって見るかを今からご説明します。白光のホームページを開いていただいて、いつもの『動画による祈りの会』のページを開いていただき、その画面の下の方を見ていただくと、『MPPOEインターナショナルのYoutubeへの協力のお願い』というタイトルが出ていて、その下に説明文が出てまいります。

○それで、その下にある『ステップ1』と『ステップ2』にご協力いただきたいということです。「YouTubeリンク」と書いてある下のURLを押しますと動画が開き、音楽が流れますので、皆さん、ぜひご協力をお願いします。

<Zoomで動画再生しようとするが、画面共有が出来なかった模様>

【由佳先生】
○このユミっていう女の子は、絵本の中では、富士山の麓のドームハウスで暮らしているということになっています。

【真妃先生】
○この物語は、いろんな動物と世界を旅しながら、世界中に存在するいろんな精神性とか道徳とか、先住民の物語というものを教えてもらって、その教えてもらった感謝の証として、ユミちゃんがお茶をたてて差し上げたり、ピースポールを様々な国に贈呈したりしてゆくというお話になっています。

○お話はおおよそ出来上がってるんですけれど、おそらく出版は今年の秋ぐらいで、できれば日本語でも出版できたら、という話をしています。

○今回、このユミちゃんのキャラクターを使ったテーマソングを作ろうということになり、UNITY EARTHで日本にも来てくださったクリスティン・ホフマンさんが歌を担当してくださり、このような作品ができました。

○このフィルムフェスティバルは、700の動画が集まった中でトップ50がまず選ばれて、このトップ50の中から、最終選考が4月15日までなんですけれど、4月15日までの間にYouTubeをどれだけ見てくれたか、どれだけの人が「いいね」してくれたか、どれだけコメントを残してくれたかの他に、ステップ2のところにある投票をアンケートフォームの中から、『Garden of Peace』と書いてある作品に5つ★をつけていただき、送信をしていただいた人の数、その全部の合計で賞が決まるようになっていて、賞を取れたらすごく嬉しいと思っています。

○なぜなら、やはり多くの人たちがこの歌を通して「世界人類が平和でありますように」というこのメッセージを日常の中で唱えてくれることに繋がるからです。それは、この地球に世界平和を祈る波動が広がってゆくことだと思っています。

○そのように、祈りを通しても広めたいし、日常の会話の中でも広げてゆきたいですし、こうやって歌とかアニメとか絵本とかのツールを通して、多くの人たちに、本当に世界平和を祈るようになっていただきたい、その流れに賛同してもらいたい、仲間になってもらいたいという想いが背後にある中での、今回の皆様へのお願いですので、ご無理していただく必要はまったくないんですけれども、「賛同するよ」「応援するよ」とおっしゃってくださる方は、ぜひぜひ、今のホームページの流れに沿ってご覧いただいて、ステップ1とステップ2にご協力いただけるとありがたいです。

【由佳先生】
○『Garden of Peace』は平和の庭ということなんですけど、クリスティン・ホフマンさんが作詞・作曲で、その絵本を書いている方と一緒に作詞をされているんですけれど、真妃先生もおっしゃってたように、一番最後に何回も繰り返し歌われているのは、「May peace prevail on Earth」「Garden of Peace」という言葉です。

○「世界人類が平和でありますように」「すべての子供たちがこの平和の庭に住んでいることを想像してみてください」というメッセージです。一人一人のキャラクターが本当美しくユニークで、それぞれが輝いている平和の庭という、そういうメッセージになっています。

【真妃先生】
○はい。皆さん、今日もご参加いただきましてありがとうございました。次回は2週間後にお目にかかれるのを楽しみにしています。今日も素敵な1日をお過ごしください。

【お三方】
ありがとうございました。

 <終わり>

 

※下記リンクのページを開いた下の方に、皆様へのお願いの説明が書かれています。

https://byakko.or.jp/news30/